探求型学習への考察 vol.5

好奇心という動機づけメカニズム:最新の知見

「好奇心 (curiosity)」は古今東西の教育者が重要視してきたものの、そのメカニズムは長らく十分解明されていませんでした。しかし近年、心理学や神経科学の研究により、好奇心が人の学習や脳に及ぼす影響が徐々に明らかになってきました。

好奇心の心理学的メカニズム

心理学では好奇心を**「未知・不確実な状況に引きつけられ、情報を求めようとする内的動機」と定義します。古典的研究者バーライン(D.E. Berlyne)は1950-60年代に好奇心を研究し、新奇性や複雑性への欲求(高次の探索動因)を明らかにしました。彼は好奇心を「知識の欠如による駆動状態であり、新情報の獲得によって解消される欲求」と位置づけています。またLoewenstein (1994) は有名な「情報ギャップ理論」を提唱し、「人は自分の知識と未知の差(ギャップ)に気付くと、その穴を埋めようと好奇心が喚起される」と説明しました。例えばクイズで半端にヒントを与えられると余計に答えを知りたくなる現象が典型です。この理論によれば、少し知ることがさらなる渇望を生むため、教育では適度な難易度やヒントの与え方が好奇心を高めるカギとなります。実際、モンテッソーリも「少量の情報がプライミング(呼び水)**となり好奇心を大いに高める」と指摘していました。

現代の研究では、好奇心には大きく**「知的好奇心(エピステミック・キュリオシティ)」と「多様性志向の好奇心(ダイバーシブ・キュリオシティ)」の2側面があると言われます。前者は特定の問いへの答えや理解を求める深い探究心で、後者は刺激や新奇な経験を広く求める性質です。教育場面では主に前者(知的好奇心)が重要で、「なぜ?」「どのように?」と問う探究心**がこれに当たります。一方、子どもは時に飽きっぽく様々なものに興味を移しますが、これは多様性志向の好奇心に起因します。両者のバランスを取り、最初は興味の幅を広げつつ、次第に深い問いに集中させることが理想とされます。

 また近年、カリフォルニア大学バークレー校のCeleste Kiddらの研究で、好奇心を最大化する要因は「不確実性の中程度の状態」だと示唆されました。自分が「知っていると思っていたが実はよく分かっていない」と気付いた時、人は最も強く知りたがるというのです。例えば「自転車がなぜ倒れず走れるか説明して」と聞かれ、うまく説明できないと気付き恥ずかしくなると、その穴を埋めようと好奇心がかき立てられます。これは「適度な予測誤差」が学習を促すという理論とも合致します。分かりきったことには退屈し、全く未知のことには戸惑うため、その中間くらいの「何となく知っているが詳細は不明」な状態が人を最も学習モードにするというわけです。この発見は、教育で誤概念をあえて顕在化させる手法(例:先に生徒の考えを書かせて矛盾を突く)などに応用できます。実際、「生徒に何かを説明させ、自分の無知に気付かせる」ことが好奇心を刺激し学習意欲を高める有効な方略とされています。

好奇心の神経科学的メカニズム

脳科学の分野でも、好奇心が脳内でどのように働くかが調べられています。2014年のMatthias Gruberらの研究は、好奇心が高まった状態での記憶形成をfMRIで計測し、興味深い結果を示しました。被験者が「とても知りたい!」と思ったクイズの答えを待っている間、全く無関係な顔写真を見せ、後でその顔の記憶テストをすると、好奇心が高まっているときに見た顔の記憶成績も向上したのです。さらに驚くべきことに、その学習効果は24時間後まで持続しました。研究者は「好奇心は脳をあたかも渦のような状態にし、求めている情報だけでなく周辺の情報までも吸い込んで記憶させる」と表現しています。

 

この現象を裏付けるように、脳画像では好奇心が喚起されたとき、ドーパミン系の報酬回路が強く活動し、同時に記憶形成の中枢である海馬も活性化することが分かりました。具体的には、中脳の腹側被蓋野(VTA)や線条体といった報酬系が好奇心によって刺激され、そこから放出されるドーパミンが海馬の働きを高めることで、学習と記憶を促進していると考えられています。Gruberらの研究では、好奇心で学習する際に報酬系と海馬が強く連携して活動しており、その結果「興味の対象でない情報でさえ覚えやすくなる脳状態」になると述べています。これは好奇心=内発的動機づけ脳内ではお金やおやつなど外的報酬と同じ経路(報酬系)を活性化することを示しています。つまり、好奇心が満たされること自体が脳にとって一種の「ご褒美」になっているのです。

 

以上の神経メカニズムの発見は教育に重要な示唆を与えます。すなわち、学習者の好奇心を掻き立てることは、報酬回路をドライブし脳を学習モードに切り替えることと言えます。そして一旦その状態になれば、多少退屈な情報であっても記憶されやすくなる。これは教師にとって福音で、「いかに生徒の好奇心スイッチを入れるか」が肝要であることを改めて科学的に裏付けるものです。逆に言えば、好奇心を損なうと脳の学習効率は下がるため、生徒を無気力にさせない授業設計が極めて重要になります。例えば退屈な語彙暗記でも、まずクイズ的に問いかけて興味を引いてから答えを教えれば効果が上がるでしょう。実際、教師がちょっとした謎かけや物語で導入すると生徒の目が輝き、その後の説明を集中して聞く、といった経験は多くの教員が持っていると思います。それは脳内でドーパミンが出て海馬が働きやすくなった結果だと考えられます。

まとめと次回予告

次章では好奇心のメカニズムに関する最新の知見を紹介し、それを踏まえて現代の探究型学習がどこまでその知見を活かしているかを検討します。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次